2017年4月24日月曜日

誰かの犠牲の上に

初めての出産のことを記録しておきたくてガガガっと文を書きまくったけれど、何だかもう遠い昔のことのよう。出産のことをここに書くことはもう無いでしょう。育児は大変だけども小さい生き物を育てることが性に合っているのか、毎日楽しい。充実しすぎて毎日倒れるように眠り、朝からまたこの小さな生き物と向き合う日々。
時間は限られているのに脳みその今まで使っていなかった部分が活性化したのか、新しくやりたいことがたくさん。光みたいに景色がびゅんびゅん過ぎて行く。
子どもを産んでこんなに心が自由になれるとは。逆だと思っていたよ。

だけども世界は今混沌としてきている。
今日を幸せに過ごせているわたしたちの生活は誰かの犠牲の上に成り立っているのかなと思うと胸の奥がきゅっと痛くなる。
でもどんなにハッピーなことも悲しいことも100年後には今生きている人たちにとっては過去になる。人類はどんな選択をしていくのかな。
私は今感じる私の中の寂しさや切なさを沢山描いて残しておきたい。




子どもを産んでから寂しさや切なさを感じてもちゃんと明るい所へ戻って来れるようになった。
だから安心して「自分の世界に行ってきまーす!」できるようになった。
どんなに浸っていても時間になったらハイ、ただいま!ってミルクあげなきゃだから。
圧倒的な現実が自分をしなやかにしてくれています。

2017年3月26日日曜日

母になる③いざ出産!

遂にその時が来た。ベッドにガスボンベや必要なものが取り付けられていく。私は薄ピンク色の手術用ガウンに着替えて何とも言えない期待と緊張の中、ベッド上で待機。手術室にはこのベッドに乗せられてベッドごとガラガラと移動する。

時間になった。担当の看護師さんが「では行きましょう」と言って2人がかりでベッドをガラガラ移動し始める。「ああ、もう後には引けないんだなあ…」なんて当たり前のことを考えながら扉の前で家族に見送られ、大きなエレベーターで手術室に移動。
そこからはプロの方々により、どんどん準備が進む。あれよあれよという間に全裸にされ手術台の上へ。脊椎から麻酔が入れられる。全く痛くない。少しすると足元から温泉に浸かってるみたいになんだか温かい感覚になる。麻酔科医の先生が麻酔が効いているか体に触れて確かめていく。
「気分が悪くなったら教えて下さいね」と言われるが、緊張で「はい」と答えるのが精一杯だった。すごく怖い。怖いけど気丈にしてなきゃ。この手術に関わって下さるスタッフの皆さん、そして産まれてくる赤ちゃんの為にも、恐怖心を捨てて全てを任せよう…。

「それでは始めます」
きゃ〜〜、遂に体にメスが入る…!!ドキドキ…
当たり前だけど麻酔が効いているので痛みは全く無い。けれども触られている感覚はあるので何となく、何をされているのか分かる。それがとても怖かった。ああ、今頃私のお腹は…なんて考えたり考えないようにしたり、手術室の時計の針を見て気を紛らせていたら、「赤ちゃんもうすぐ出ますよ!お母さん頑張って!!」と言われ胸の下あたりを先生がものすごい力で圧迫してきた。切開した部分から赤ちゃんを出すためにお腹の上の方を押しているようだった。
フグゥ…!!何これ苦しい!!!先生聞いてないよ〜〜と思いながら私も歯を食いしばって耐える。



「フニャ…フン二ャー!フン二ャー!」


う、産まれた…!!!赤ちゃん産まれた……
安堵で自然と涙がでる。左側を産まれたての赤ちゃんが通っていく。「綺麗にしたらすぐに連れて来ますからね、お母さん頑張りましたね」と流れた涙を優しく拭きながら助産師さんが声を掛けてくれた。まもなくして赤ちゃんを胸の上に連れて来てもらう。ホカホカで温かい。小さいのに大きな存在感。目がうっすら開いて、目と目が合った。《私たち、頑張ったね!やったね!!》って言葉を心の中で交わす。

そこからは私の後処置。胎盤を綺麗に剥がすのに時間がかかっているのか、母体の後処置の方がずっと時間がかかる。「もうすぐ終わりますよ」先生の優しい声を聞きながら、私は体が震え出していた。寒くはない。ただ震えが止まらないのと、何だかボンヤリ気持ちが良い。ああ、死ぬ時ってこんなかなあと思う。

後から母子手帳を見たら出血が多量のところにマルがついていた。その後入院期間も貧血で倒れかけたり、退院後もしばらく大変な期間が続くとはこの時はまだ分からなかったのだけど。出産て本当に命懸けなんだな、と思った。

2017年3月18日土曜日

母になる②妊娠後期〜入院当日

幸いなことに経過は順調で出血もなく、妊娠後期を迎えることができた。胎盤はまだ上がらないまま。子宮口(赤ちゃんが出てくるところ)をがっつり塞いでいるらしい。このままだとやはり普通には産めない。赤ちゃんより胎盤が先に出てきてしまう可能性があり、そうなると胎盤から赤ちゃんに酸素が送られなくなるので、最悪の場合酸欠で死んでしまうからだ。また、多量の出血が見込まれるため、母体も命の危険にさらされる。そういったリスクをなるべく少なくして出産できる方法が帝王切開と言うわけだ。

妊娠9ヶ月に入ろうかという頃、帝王切開での出産に備えて貯血をスタート。貯血というのは自分の血を輸血バッグに予め取っておいて、手術での輸血に備えておくことだ。一週間ごとに400ml、これを三週間行い計1200mlの貯血を行った。貧血を抑えるために鉄の薬を飲みながら、これを頑張れば、もうすぐ赤ちゃんに会える…!と、どきどきわくわくしながら貯血に通った。

そして12月、2016年も終わりに近づき始めた頃、出産予定日(帝王切開実施日)を主治医の先生と決め、諸々の手続きに追われながらあっという間に大晦日。予定日は1月11日になった。

2017年、年が明ける。もうすぐ会えるのが嘘みたいだね〜なんて言いながら部屋を整えたり、必要なものを確認したり、夫婦で穏やかな日々を過ごす。

そして入院当日。病院の個室からは東京タワーとスカイツリーが見えた。
私、ここで赤ちゃんを産むんだな、この景色は一生忘れないだろうなと思った。

母になる①妊娠〜転院

ずっと更新できずにいました。
1月11日、元気な男の赤ちゃんを産むことができました。
今は出産前の自分を少しずつ取り戻し、こうやってまたここに文章を書くことができるようになりました。

妊娠も出産も人の数だけありますが、私の出産は当初自分が思い描いていた、いわゆる普通の出産ではなかったことをここに記録しておきたいと思います。

2016年9月、安定期に入り6ヶ月になろうかという時に通院していたクリニックでの健診時に胎盤の位置が低いのと臍帯(へその緒)が胎盤から外れて卵膜を走っている可能性があるので今すぐ大きな病院に転院して下さい、と言われる。また、それに伴い考えられる怖いことを色々聞かされる。それまでが本当に順調な妊娠生活だったので、訳も分からない頭真っ白のまま紹介状を握りしめてクリニックを出た。不安で泣きそうになるのを必死にこらえて自宅へ帰ったことを今でも鮮明に覚えている。

紹介先の大病院での初診。期待と不安が入り交じっていた。どきどきしながらエコーを受ける。担当の先生が終始にこやかに健診してくださる。
「赤ちゃんはとても元気で問題ないです。あとは胎盤の位置。このまま胎盤が上がらなければ帝王切開での出産になります。それと臍帯が卵膜から出ている可能性。どちらも今すぐ何かできるものではないので経過を見ていくことになります。不要な遠出はやめて下さい。もし出血があった場合はすぐ管理入院になります。今日はこの後うちの病院で出産する手続きをして帰って下さい。」

「赤ちゃんはとても元気で問題ない」「帝王切開であれば産める」
もう私の気持ちは前向きになっていた。日常生活で無理をしないように過ごし、経過さえ順調であれば赤ちゃんに会える…!大丈夫!!
この子を絶対に無事外の世界に出してやるんだ、そう強く決心した。